僕はいつも塾に自転車で行っているのですが、今日は雨だったので歩いて帰ってきました。
夜中の散歩は頭がすっきりして、いろいろと考え事をするには都合が良いようです。
今日も中学生の授業を振り返りながら、とぼとぼと国道一号線沿いを帰ってきました。
授業の後に塾長と話していたのですが、なかなか学力が伸びてこない生徒がいます。
そういった生徒は勉強以前の問題が多く、例えば授業中に講師の話を聞いていなかったり、筆記用具を忘れてきたりします。
彼らがこのまま行くとどんな大人になるのかと考えてみました。
このままの成長直線を描くと少し不安なのですが、人生のどこかのタイミングで良いきっかけや出会いに恵まれると、それまでの成長直線から大きく外れて育つ可能性は大いにあります。
受験に向けて背水の陣で努力することがきっかけになったり、社会に出て上司に叱られて四苦八苦することがきっかけになったりするかもしれません。
もし仮に、この成長直線から大きく上向きに外れた将来の生徒に、今の中学数学を教えたとしたら、きっと今より遥かに出来ることでしょう。
筆記用具を忘れたり、宿題を忘れたりという、ある意味しつけの域は超えているはずです。
そう考えると、そういったしつけの域の生徒に勉強を教えるよりも、彼らの人間力を高めるようなことをしていくほうが、結果として勉強も伸びるのかもしれません。
つまり、人間として成熟させるきっかけを多く与えるのです。
幼少期にやんちゃが過ぎて、「うつけ者」と言われた織田信長を早く元服させたように。
社会に出ると自己啓発系の本を読む機会が増えると思うのですが、その中で書いてあるようなことを学生のうちにやらせてみると良いのかもしれません。
例えばトイレ掃除をしたり、一日の終わりにその日頑張ったことを褒めたり、人が困っていることを予想して先取りさせたり。
そのままやらせてもダメだと思うので、中学生用にアレンジしたら意外といいかもしれない。
数学の宿題を出すのと併行して、例えば「どうしたら志望校に行けるか作戦を考えてこい」という宿題を出してみるのも良いかもしれません。
勉強には戦略的な視点も必要なので。
「もしドラ」の感想文でも書きましたが、僕は塾の目的は「人を育てること」だと捉えています。
その視点に時々立ち返って、勉強以外の方法で彼らを育てることを取り入れていくことも必要なことなのかもしれません。
義務教育を終えて、社会に出たからこそ分かるのですが、(若干28歳の若輩者が偉そうに言うのは気が引けますが、)正解のある学問をしている方が正解のない世界で生きていくよりも遥かに楽です。
今の学生は学校を卒業して社会に出たらもっともっと厳しい世界で生きていかなければなりません。
社会に出たらどれが正解か分からないことを、自分で決断して、自分の行動に責任を取っていかなければならないのです。
そう考えると今の彼らに僕ができることをもっともっと考えてあげないといけないなぁと思うのです。
縁あって、お互いの人生の貴重な時間を使っているのですから。
講師は正解を知っていてそれを教える、つまり答えを持っていると思われていると思いますが、講師もどうやって教えるのが生徒にとって最適なのか日々悩んでいます。
僕も毎回授業の後に、今の教え方で彼らがこの先本当に伸びていくのか毎回自問自答しています。
それはきっと、子を持つ親御さんも同じだと思います。
そういった悩みを共有できた方が良いと思うので、このブログという場では虚勢をはらず、自分の悩みを素直に伝えていきたいと思っています。
ということで、今週の詩・句を更新しました。
山本五十六さんの僕が大好きな名言です。
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