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2012年7月15日日曜日

継続は力なり


昨日から3連休です.
しかしこのところ天候が不安定で,晴れていると思うと突然雲行きが怪しくなってくる,
そんな事が多いですね.


その為近頃は本の虫になる事が多いのですが,
本日読んだ,京セラ創業者の稲盛和夫氏の著書「働き方」について思った事を書こうと思います.

所謂自己啓発本の多くは海外に端を発しており,
「成功する為にはこのようにしなさい」と言った,
アメリカンドリームを叶える方法論を述べたものが多いと思います.
例えば,
成功の為には相手に調子を合わせろ,
共通の話題を見つけろ,
とにかく相手を褒めろ...
と色々な事が書かれています.
しかし読んでみて薄っぺらい印象を受ける事も多々あります.


一方この稲盛氏の著書は「純和風」でした.
「方法」ではなく「姿勢」や「心」に重きが置かれ,
自分が日本人であるからなのか,強く共感させられました.


その中でも特に印象に残ったのは,「継続は力なり」という言葉.
小さい時から誰もが言われてきた,基本中の基本だと思います.
しかし原点回帰と言うか,「やっぱりこれだよな」と
安心させてくれる要素がありました.


生徒達にも勉強の方法を教えるだけではなく,
その過程で困難に立ち向かっていく事が
いかに尊い事か,授業の中で伝えていけたらと思います.




2012年7月7日土曜日

読書感想文「チーズはどこへ消えた?」

久しぶりに読書感想文を書こうと思います.

最近色々な本を読むのですが,
読んだ傍からどんどんと記憶が薄れていくので,
文字に残して頭を整理したいと思った為です.

今日は以前から気になっていた
「チーズはどこへ消えた?」と言う本を読みました.

非常に薄い本で,1時間ほどで気軽に読む事が出来ます.

この物語では,性格の異なる2匹のネズミと2人の小人が,
チーズ(幸せの象徴)を求めて迷路(人生の象徴)に
入っていきます.そこではチーズにたどり着ける者もいますし,
なかなかチーズにありつけない人もいます.
そんな短い物語を通して,読者に人生について
考えさせる本でした.

その中で特に印象に残ったのが,
「もし恐怖が無かったら,何をするだろう?」
という部分.

ここで書くのは恥ずかしいのですが,
僕は今までいくつかの夢に対して,
勇気を出せずに諦めてしまった事があります.

しかしこの部分を読んで,「あの時挑戦していたら,
どうなっていたんだろう」と思わずにはいられませんでした.

でも,また遅くは無いはずです.
少しずつ挑戦していこう.

そんな勇気をもらえる本でした.







http://www.amazon.co.jp/%E3%83%81%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%B8%E6%B6%88%E3%81%88%E3%81%9F-%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3/dp/459403019X

2011年10月23日日曜日

韋編三絶(いへんさんぜつ)のすすめ

久しぶりのブログ更新となります。

今日は葦編三絶(いへんさんぜつ)について。

葦編三絶とは、「一冊の書物を繰り返し読むこと」です。
僕はこのことの大切さを最近改めて感じています。

人の心は時間と共に移ろいゆくもので、1回目、2回目と同じ本を読んでいく
たびに、心に”沁みる(しみる)”部分が変わってきます。
「あ、こんなこと書いてあったんだ」、と今の自分の心が求めている言葉に出会うと
ちょっとした感動を覚えます。

楽器を習っている人は、勉学にもその力を発揮すると良く言われます。
なぜか。 
それも、葦編三絶によるものだと僕は確信しています。

楽器で曲の練習をする時、通常は数週間から数か月、1つの曲に付きっきりになります。
そしてやっと1つの曲をマスターすることができます。
数か月でやっと一曲、と聞くと楽器の上達には途方もない時間がかかるように思えますが、
その一曲を仕上げる過程で、色々な技術をその人は身に付けるのです。

楽器をやっている人はその事を知っていて、勉強でも同じ事を何度も繰り返し、
1から10を学ぶのでしょう。

最後に、最近僕の心に響いた言葉を紹介させてもらいます。
「思いの種を蒔き、行動を刈り取り、行動の種を蒔いて習慣を刈り取る。
習慣の種を蒔き、人格を刈り取り、人格の種を蒔いて人生を刈り取る」

これは「7つの習慣」という書物にある言葉です。
5回目に読んだ時、やっと巡り合えました。







2010年9月25日土曜日

人間って?

個人的な話ですが、最近感じることがあります。

必要なことだけやる。

例えば、テレビを見る暇があったら勉強する。
友達と夜遅くまで遊ぶ位なら、次の日に備えて早く帰って寝る。
ipodで音楽を聴く暇があったら、ニュースや語学を聞く。

理性的で人間らしい生活

最近そんな生活をしていました。

でも、ふと感じました。
そんな生活に、人として生まれてきたことの意味があるのか?

必ずしも生きていくのに必要じゃないかもしれない。
でも、趣味に打ち込み、文化、芸術、トレンドなど、幅広い対象に関心がある人に、
僕は人としての魅力を感じてしまいます。

学校の勉強を一生懸命やる。

もっともなことだと思います。

でもそれ以上に、それだけの人になってもらいたくない、と思っています。



2010年6月17日木曜日

なぜ塾をやっているのか

今日も授業の後に塾長といろいろと話をしました。

もうすぐ夏休みが来るので、塾としてはアピールしたい季節です。
悠々館としてもご多分に漏れず、どうやって新しい塾生を増やすかをテーマに頭を捻らなければなりません。
そんな話をしつつ、今日はもう少し根源的なことを書きたいと思います。

なぜ塾をやっているんだろう、と。

僕は塾で生徒を教えることが好きです。
僕以外の講師陣も教えることが好きです。
塾長は多分僕たち以上に教えることが好きだと思います。

じゃぁ好きなだから仕事にしているのか、と。

それだけでもないんですよね。
好きだからだけでもなく、そこには別の理由もあるはずなのです。

はてさて、なんで塾をやっているんだろう。

お金を稼ぐためという理由はもちろんあります。
でもそれはきっと、目的ではなく手段なんですね。

例えば日本全体を幸せにしたいという高い志を持った社長がいたとして、志を実現するために頑張ったとする。
でも利益が出なければ一番身近な"社員たち"を不幸にしてしまうわけです。
志がどうのというよりも現実的に身近な人が不幸になってしまう。

じゃぁ利益を出すために仕事をするのか、と。

それもやっぱり違うわけです。

金を稼ぐことを目的にしてしまったら、それは空虚です。
僕が思うに、利益は目的を達成するための手段なわけです。

じゃぁ、塾をやっている目的はなんなんだ?と。

これについては、この一言が一番言い表してくれていると思います



財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上
                            元楽天ゴールデンイーグルス 野村監督
  

学校でも塾でも、講師をやっている人は、きっと人を育てるのが好きなはずです。
ある生徒が昨日できなかった問題が今日できるようになって、嬉しそうな顔をする。
そうした小さな積み重ねが、彼の人生で積み上がっていって、やがて大きな体験として残っていく。

学校だけではなく、悠々館で教えたことが彼の人生に何か意味を残せたら、それはきっと大いに嬉しいし、日本全体に意味のあることのはずです。

やはり生徒を育てたいという想いこそが、塾をやっている理由なんだろうなぁと思うのでした。

悠々館を巣立った生徒が社会で活躍して、そして再び塾で集まって、みんなで旨い酒が飲めることが、今の僕や塾長の一番の夢です。
(ある意味、叶っているんですけどね。)


ということで、今週の詩・句を更新しました

2010年1月23日土曜日

自分の実力にあった問題を解こう

高校3年のときの思い出話を少し。

高校3年の始めころに、同じクラスの友人が数学の授業中に予備校の問題を解いていました。
僕は授業の後に何の気なしに、「どんな問題解いているの?」と問題を見せてもらったのですが、これがまためちゃくちゃ難しい。
たしか慶応大学の過去問だったと思うのですが、当時の僕はまったく見たことがないような問題で、読んでも答えまでのアプローチが全く浮かばない問題でした。
で、僕はその友達に、「こんな難しい問題解いてもしょうがないんじゃないの?」と聞いてみたところ、「でも、こういう問題は、一度解いたことがないと本番で絶対解けないよ」という返事。
「そうか」と言ってその場を去ったのですが、その時の印象は強烈に残っています。

その時に思ったことは、「でも同じ問題は絶対出ないんだから、やってもしょうがないよなぁ」ということと、「多分試験問題の中でも最高峰に難しいであろう問題を、高校3年になって間もない頃に解ける必要があるのか?」ということと、「授業で先生が解いていた数学の問題、果たしてこの友達は解けるのか?」ということ。
最初の方は、賛否両論あって、難易度が高く良質な問題は、その問題の類題が試験に使われることはよくあります。なので、解く意味はあるのでしょう。
どちらかというと、2つ目と3つ目の話が今日のテーマです。

数学にしろ、英語にしろ、勉強とは階段を1段ずつ登っていくようなものです。
例えば今の自分の力が10段階で4段目だとしたら5段目の問題を勉強しなければいけない。
前述の彼は、きっとその数学の授業で先生が説明していた問題を解けなかったと思います。
こと数学に限って言えば、4段目の人が9段目や10段目の問題を勉強しても僕は無意味だと思う。
(これが物理になってくるとちょっと変わってきます。物理の場合は難しい問題をその時は解けなくても何度も何度も解くことに意味があるようです。僕の体験的には。)

現役の高校生に求められることは、解ける問題を落とさないことです。
そのためには、いきなり階段を飛び越えるようなことはせず、自分のレベルにあった問題を着実に1問ずつこなしていくことです。
そのためには、自分の現時点での力を客観的に評価できないといけない。
過大評価してもいけないし、過小評価でもいけない。
高校3年生になると、とかく受験を意識して自分を見失う場合があるようですが、焦らず一歩ずつ階段を登っていった人が自分のゴールに到達できるのだと思います。

今年受験の人も、来年以降受験の人も、ぜひ自分に甘えず、自分の力を正しく分析して、適切な勉強をして実力を伸ばしてほしいと思います。

2010年1月12日火曜日

受験勉強中に最も支えになった人は?

今朝ニュースをつけていたところ、受験に関する話題をやっていたので、思わず観ました。

内容は、「受験勉強中に最も支えになった人は?」という質問に対する回答で、1位は「母親」、2位は「自分自身」というものです。
まだ受験が終わっていない人にアンケートするのもどうかと思いつつ、2位の「自分自身」という回答はなかなか良い回答だなぁと思いました。

結局、勉強というのは、自分との闘いです。
親のためでもない、友達のためでもない、自分のために勉強するんです。
自分に甘くしようと思えばいくらでも甘くできるし、厳しくしようと思えばいくらでも厳しくできます。
そういう意味では、「やらされている感」があるうちはだめで、自分の中でモチベーションというか、やる意味を見いだせるまでは辛い作業ですよね。

最初から勉強する意味を悟っていたり、勉強が好きになれる人は稀で、やりたくない勉強を歯を食いしばってやっていくうちに、どこかで悟る瞬間が来るんじゃないかなぁと思います。
ちょっとサボリたくなったときや、手を抜きたくなったときに、その誘惑に負けずに続けられるか。

受験生は、そういった自分の中の「ちょっとだけテレビ観て休憩しよ~」という声と、「いや、ここで踏ん張って勉強しなきゃだめだ」という声の狭間で葛藤しているはずです。
そういった葛藤に負けて勝って、負けて勝って勝って、だんだん勝つ回数増えていく中で、自分自身を信じられるようになっていって、受験勉強中に最も支えになった人を「自分自身」と答えられるに至るのだと思います。
だから、この答えを言えた人はある意味、勉強する意味というか、勉強から得られるものの半分くらいをすでに得ているんじゃないかなぁと思います。

2010年1月9日土曜日

今年もよろしくお願いします

みなさん、2010年もよろしくお願いいたします。

今年は本ブログのデザインを格好良く改造しようと思います。
とはいえ、元々デザインとかプログラミングとかあんまり得意ではないので、分厚い本読んで勉強しながら、パソコンと格闘します。

ブログのデザインについて、悠々会でみんなにも考えてもらおうかな。

2009年11月14日土曜日

覆面算って知ってる?

半年か1年ほど前にGoogleの入社試験という本を読んでいて、覆面算という数学(?)を知ったので、紹介しておきます。

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ルールは簡単で、上の数式のローマ字は、それぞれ0~9の数字と対応しています。
上の計算式を数字に変換してください、というもの。

多分、中学生でもできると思うので、時間のある人は試しにやってみてください。

しかし、天下のGoogleが入社試験にこういった問題を出しているというのが、なかなか興味深いです。


<参考文献>

2009年11月8日日曜日

入力と出力について思ったことから膨らませてみる

今日はjyuku..choの入力と出力という記事を読んで思ったことを書いてみようと思います。

jyuku..choの言いたいことと本筋はずれそうですが、その辺はあまり気にせず。。

僕は悠々館以外にもブログを書いているのですが、ブログを始めた当初は時々いいネタが思いついたときに、それを温存したくなる気持ちがありました。
内容がしっかりしている記事はそうそう書けるものではないので、ネタがなくなったときに書こうかなぁという感じで取っておきたい気持ちが出てくるのです。
でもそういった取っておいたネタがあるときは、次のいいネタが思いつかなかったりするんですよね。
そのネタを書いた後に、意外といいネタが思いついたりするものでして。

植物が葉から水分を蒸散させるように、日々の思ったことも出力していかないといい入力が得られないのかな?という気もします。
もう少し論理的に書くと、いいネタを書いた後に心に生まれる想いや、読者からのコメントで考察が深まることもあるということになるんですかね。

で、受験を控える塾生に応用してみると、覚えたことをテストすることも大事ですし、ノートという出力媒体にどんどん書いていく、ということも大事なんじゃないかなぁと思うのです。
僕は教え子(特に数学)に消しゴムは使わないほうがいいよと教えています。

(特に数学の)問題を解いていく過程というのは迷路に似ていて、答えまでの道筋を立ててから計算を始める場合と、道筋がまったく分からず手当たり次第に進んでいく場合があります。
どちらにしても、自分が通った道が間違っていた場合に、「一度通ってみたけど、だめだった道筋」として、マーキングしておくことが大事だと思っているのです。
どうしても同じ間違いはおかしがちなので、自分の間違い癖を覚えておくことも大事です。
一度間違えたことはもう一度間違える可能性が高いのです。

かの有名なエジソンは記者から、「とある発明をするまでに1万回失敗したらしいですね?」と聞かれて、「失敗なんてしたことがないよ。うまくいかない1万通りの方法を見つけただけだ。」と応えたらしいですが、たくさんの方法を試してみることもさることながら、失敗した方法を残しておくことも大事だと思うのです。

一時期、「東大生のノートは美しい」のような本がはやりましたが、あながち嘘ではなくて、自分が振り返ったときに、ノートが見やすく記録されていることは学力アップにつながると思います。
最近生徒を見ていると僕のころよりノートを取らなくなった印象があります。

自分の記憶力を過信してはいけません。
人間の脳は忘れるようにできていると思います。(そうでないと日々の辛いことから抜けられなくなる)

一度忘れて、忘れたことを思い出すことで身になっていくのです。

「一度忘れて思い出す」というステップを踏むためには、忘れたことを思い出しやすいように残しておく必要があり、そのためにもノートという形でまとめておく必要があるのです。

・ノートという出力媒体に、間違えた方法も含めて、きちんと記録すること
・後で振り返ったときに見やすいようにノートしておくこと

この2つを両立させることは難しいです。
(後で見やすいようにノートするには、下書きをしてから回答を記載することが一番であり、その"美しい"ノートには自分の間違えた方法が排除されがちである。)

この両立は人それぞれいい方法を考えてほしいです。

と・に・か・く、みなさん、面倒くさがらずにノートを取りましょうね。
そして何度も見直しましょうね。


間違いなく、自分の字を読むことが一番記憶に残りますから。

2009年10月21日水曜日

読書のすすめ

僕は高校生の頃はほとんど読書をしていませんでした。
社会人になって、ある人の講演を聞いて読書をするようになり、今では月に2,3冊読んでいます。

今では大好きな読書を高校のころになぜしなかったのかと考えると、一つにはいい本に出合えなかったからだと思います。
とかく、小学生のころに読まされた読書感想文の課題図書がつまらなかった。
僕が当時書いた読書感想文は本当にひどい内容で、確かに僕は文章能力は無かったですが、言い訳をさせてもらうと、読まされた本自体に興味が無かったのです。
興味が無い本について感想を書けといわれても、いい文章がかけるわけがない。
でも、いい本と出合ったことが無いから比べることもできず、我慢してあとがきを写していたわけです。

でも今はたくさんのいい本と出合うことができました。
たった一冊との出会いで本好きになることがあるのです。

僕は今悠々会で何をしようか考えているのですが、まだ高校生の生徒たちに本の魅力について話すこともしていきたいなぁと思っています。
僕はビジネス書、自己啓発書が好きで、jyuku..choは文学が好きで、お互い興味が異なるので、結構面白い書評を展開できるんじゃないかなぁとわくわくしています。

一人でも読書の魅力に早く気づいてくれる人がいたらいいなぁ。

2009年10月15日木曜日

悠々会はじめました。

今日の授業の後に塾長に、悠々館の講師、卒業生、生徒で定期的に集まれる場を作ろうと提案しました。

その名も、悠々会!

現塾生にとっては大学生や社会人の先輩の話を聞ける機会になりますし、大学生や社会人にとっては悠々館の思い出を話したり、塾長や僕と雑談をしたりできる場にしようと思います。

基本的には高校生以上を対象にするつもりですが、詳細はこれから考えていこうかなぁと思っております。
まずは現塾生と講師で集まってみようかな。

参加希望の方は塾長か僕に声をかけてください。
ちなみに、しろたさんとフロシャイム怪人さんは既にメンバーになっておりますので。(笑)

2009年10月8日木曜日

高校生のときの思い出。

しろたさんのコメントで俄然書く気が沸いてきた八木です。

ちょっとまじめな話を思いつかないので、今振り返って高校のころの思い出をつらつらと書き綴ってみようと思います。

僕は高校を卒業して10年が経とうとしているわけですが、今でも覚えている高校の思い出といえば、
・好きだった女の子のこと
・体育祭でめっちゃ頑張ったこと
・高3のときに死ぬほど勉強したこと
の3つですね。

他にも細かいことはたくさんありますが、この3つが一番印象的。

で、まぁ一応塾なのでね。そこは勉強のことを書きますよ。

当時は体育祭が9月だったので、高3の夏休みはほぼ体育祭に費やしました。
で、体育祭が終わったころに、「勉強しなきゃなぁ」という想いはあったのですが、いかんせんどのくらい勉強したらよいのか、とか、何から始めたらいいのか、とかが分からなかったんです。
で、周りの友達がエンジンかかってきて。
「昨日、2時まで勉強しちゃったよ~」なんて仲のよい友達が言い始めるわけですね。

で、とりあえず思いつくところから勉強を始めるわけです。
僕の場合は数学は得意だったのですが、物理がぜんぜんできなかったので、ひたすら復習をやり始めたんじゃないかなぁ。(このあたりうろ覚え。)
数学は「1対1対応の数学」(今でも僕が使ったテキストとノートが塾に置いてあります。)をやり始めたのかな。
いや、その前にJYUKU..CHOの授業の復習をやった気がする。
当時はJYUKU..CHO作成の問題集を塾の授業で使っていて、それを3回は解いた記憶がありますね。
授業とは別で自分のペースで復習していって、分からないところを次の授業で聞く、という感じ。

自分なりのペースがつかめてエンジンがかかってきたのが11月くらいからだったかなぁ。
かなり遅いほうですね。

で、年末あたりから高校に行かないで家で勉強するようになるわけです。
そのころのスケジュールは↓のような感じ。

7時 起床
7時~7時半 朝食
7時半~8時 物理
8時~ 顔を洗う
8時半~12時 物理
12時~13時 昼食
13時~18時 数学
18時~19時 夕食
19時~25時 英語、その他(センター科目とか化学とか)
25時 就寝

年末か年明けから、3月頭くらいまで毎日これでしたね。
15時間は勉強していたんじゃないかなぁ。

上のスケジュールを見て実は自分でも、とってもよかったなぁと思う時間があるんです。


さて、どこでしょう?






正解は、7時半~8時に勉強を入れたこと。
普通歯磨きしてから、勉強し始めるでしょ。

僕の場合、両親が共働きで、毎朝8時過ぎに家を出て行くんです。
で、7時半に朝食を終えたら、食器を片付けて歯も磨かずにそのまま教材を広げるわけです。
で、30分くらい解いてみる。
解けるときもあれば解けないときもある。

で、30分やったら歯を磨き始めるわけです。
そうすると、歯を磨いている間もさっき解いた、もしくは解けなかった問題のことを考えるわけですね。

今振り返ると、この時間がとっても大事だったように思います。

歯を磨きながら、ぶつぶつ独り言を言いながら、物理の問題のことを考えると、なぜか集中できたんです。
「ゴシゴシゴシゴシ、いや、待てよ、この法則を使えば、ゴシゴシゴシゴシ、あ、でもだめか、ゴシゴシゴシゴシ、じゃぁこれならどうだ、ゴシゴシゴシゴシ、あ、そうか、これでいけるわ」

で歯磨きが終わるころには続きを解きたくてウズウズしてるわけですよ。
で、その集中力のまま12時まで突っ走るわけですね。

僕は高2のときに物理がさっぱり分からなくて、(ほんとにまったく分からなかった。)高3から予備校でゼロから習い始めたので、もうぜんぜんついていけなくて。
で、体育祭が終わったころからちょっとずつ復習していったんですけど、ぜんぜん追いつけなくて。
ほとんどこの歯磨き後の3時間半で追いつきましたね。


で、今日言いたいことをまとめると。

いかに自分の集中力をピークに持っていくか、また、それをいかに維持するか、が大事だということになりますな。

僕の場合は「歯磨きしながら、歩きながら、ぶつぶつ独り言を言いながら考えること」でしたけど、人それぞれ集中力のスイッチがどこかにあるはずなので、探してみてください。

それは例えば「ファミレスで勉強する」という場合もあれば、「家で一人で歩き回る」という場合もあれば、「友達と一緒に図書館に行って、合間に教えあいながら」という場合もあるでしょう。

「あ、私って意外とこうすると集中できるな」とかが早めに見つかればしめたものですよ。

だらだら10時間勉強するより、超集中して1時間勉強するほうが身になりますから。

2009年9月13日日曜日

やらないからやる気が出ない

先日、授業が始まる前に塾内をうろうろしていて、一枚の張り紙に目が留まりました。
その張り紙には10個くらいの文章が書いてあって、その中の一つが、「やらないからやる気が出ない」というものでした。

「お、これはいい言葉だな~」と思い、この言葉を元に思うことを書いてみようと思います。

この言葉の言いたいことは、やる気が出てからやるのではダメ、いつやる気が出るか分からないということでしょう。

昔から、善は急げ、思い立ったが吉日、今日できることを明日に延ばすな、など、すぐに行動をするよう促す言葉がいくつもあります。
それらの言葉が時代が変わっても人々に言われ続けるのは、やはりすぐに行動することがなかなか難しいからでしょう。

「ダイエットは明日から」というCMがありましたが、やろうと決意してもすぐに始められないことがいかに多いことか。

ダイエットでも勉強でもまず始めること。
その後、やりながら考えて、やり方を変えたほうが良いと思うことがあれば修正していく、という姿勢が大事なのだと思います。

勉強の計画を立てる前に、まず何でもいいので1時間くらい勉強して、それから計画を立てましょう。

手を動かす前に、まず計画を立てて、「よし、明日から始めるぞ」という姿勢では、明日になったら、「今日は"あれこれ"をやらなきゃいけないからな~」と言い訳をしてやらず仕舞いなってしまい、計画倒れになり、そんな自分が嫌になり、という悪循環になってしまいます。

まずやること。
勉強だったら、数学でも英語でも国語でも何でもいいです。
今心に浮かんだものを手に付けましょう。

この記事を読んで、やらなければいけないことを先延ばしにしている人、今すぐに鉛筆を取って始めてみてください。

2009年8月27日木曜日

遅刻をする学生は受験に失敗する?

今日は僕の夏期講習の最後の授業でした。

1ヶ月ちょっとでしたが、高校生に英語を教えてきて、最後に何を教えようかと悩んでいたのですが、英語以外に2つのことを教えようと思いました。

1つ目は遅刻をしないように心がけること、2つ目は復習をすることです。
どちらも当たり前のことですね。でもその当たり前をもう一度教えようと思ったわけです。

試験というのはある時点での学力を計ることです。
もし高校3年間という時間制限を設けずにいつまでも勉強をしていくことが許されるのであれば、たいていの人は一生のうちに行きたい大学に受かるでしょう。(そこまで根性が続けば、ですが。)
現に、何年も時には10年以上かけて司法試験合格を目指す人もいます。

ただし、実際の大学受験ではそういうわけにはいきません。
多くの人は現役や数年の浪人生活で受かった大学に行きます。

ある時点(試験当日)までに自分の学力をどのレベルに持っていけるか、という制限時間付きの努力をみんなしているわけです。

さて、遅刻をする人というのは、いろいろな言い訳をしますが、結局時間管理ができない人です。
理由はたくさんあるでしょう。
例えば部活が長引いたり、寝坊をしてしまったり、友達と話していて時間を忘れてしまったり。

友達との遊ぶ約束に遅刻をしがちな人は友達から「あいつはいつも5分くらい遅れるから5分くらい遅れていくとちょうど良い」と思われていたりします。
仲の良い友達は待ってくれますが、将来的に仕事をするようになったらお客さんは待ってくれません。
それ以上に、試験という時間制限が決まった努力では「ちょっと学力が間に合わなかったから来月再試験をしてくれ」というわけにはいかないのです。

遅刻をしないためには常に準備が必要です。
何時までにどこどこに行くには何時にここを出なきゃいけないな、とか事前に計画を練る必要があります。
遅刻をしない人はこの準備をきちんとできる人で、遅刻をする人は準備ができない人です。
そんなに難しいことではなく、無意識にみんな準備をしているわけですが、それを意識的にやってほしいのです。

例えば授業が19時から始まるのであれば、10分前には教室について準備をしよう、と思ってほしいのです。
19時から授業というと、たいていの人は19時までに塾に来ればよいと思っていますが、そうではありません。
19時にすぐに先生の話を聞ける状態にしておけるかが大事です。
だから理想的には、「5分前に授業を受ける体制を作るためには10分前に塾についている必要があるな。でも途中でハプニングが起きて遅れるかもしれないから、15分前に塾に着くように家を出よう。」と思ってほしいのです。
大事なことは「19時に着く」という目標ではなく、「19時10分前に着く」という少し高めの目標を置き、さらに遅れる可能性を考えてそれより早めに出るという準備の習慣です。

今は学生なのでそれほど責任を負うことは少ないですが、時間に関する感覚は今身につけるべきだと思います。
準備を十分にできる人は学力も伸びますし、行きたい大学に受かる確率が上がります。


もう一つは復習をすること。
勉強ができる人というのは、必ず復習をしています。
みんなそれぞれ分からない問題にぶつかりますが、そこで分からないままにしておくか、分かるまで考えるかで勉強ができるようになったりならなかったりします。
復習をすれば絶対に勉強ができるようになるわけではないですが、復習をしなければ絶対に勉強ができるようにはなりません。
つまり、復習は勉強ができるようになる必要条件だということです。(お、ちょっと難しいこと言ったぞ。)

会社に入った後に、毎回同じミスをしていれば上司からの評価は下がります。
できる人は一度したミスを繰り返しません。
それは失敗から学習して次は失敗しないようにするというサイクルがあるからです。
分からないことが多すぎて、どれを復習していいか分からない、とか、学校の授業がすぐ次に進んでしまうので復習が追いつけない、とか復習ができない理由はいろいろとあると思いますが、分からないことを常になんでだろう?と頭の片隅においておくと良いと思います。

常に考える癖をつけること。

例えば数学の点が良い人は、ほかの人よりも数学のことを考えている時間が長いです。
一部の天才は一を聞いて十を知るのかもしれませんが、ほとんどの人は考えている時間が長いから良い点が取れるのです。
だから分からなかったことはなるべくその場で分かるまで考える。そのときにどうしても時間がきてしまったら、分からなかった問題を忘れずに頭の片隅においておいて、何でだろう?と考える。
全教科でそうしなくてもいいです。なるべく好きな教科、考えていて苦にならない教科で復習の習慣をつけましょう。


ほかにもたくさん話したいことはあったのですが、夏期講習という限られた時間ではここまででした。

本当はこれからの日本を生きていくうえで考えてほしいことや、今勉強していることの意味、僕の高校生活の思い出話や、社会人になってみて思ったことなどについてもっと話したかったのですが、とりあえず僕の夏期講習は今日で終わりです。
伝え切れなかったことはこのブログや生徒との雑談の中で少しずつ伝えていこうと思います。

夏期講習は今日でおしまいですが、これからも塾にいるので、見かけたときは分からない問題や悩みなど気軽に話しかけてください。

2009年8月9日日曜日

接頭語と接尾語で英単語を想像してみる

昨日の授業で、recall, remind, remember, researcher, review と一つの文章でreから始まる単語が5つも出てきました。
これは、接頭語について教えるべきかなと思い、授業の中で少し触れましたけど、もう少し触れておこうと思います。

英語が話せる友人と話していたところ、英単語はある程度覚えるまでは辛いけど、そこから先は急に楽になるらしいです。
(残念ながら僕はその境地までいたっていませんが。)

日本語で言うと、例えば、"零"という漢字がなんと読むか?をきかれたら、推測で"れい"かなと思いますよね。
それは、"令"がくっついてるからですが、これと同じことが英語でもあって、例えばre がついてたら"再び"という意味が入りそうだな、とかが分かってきます。

先ほどの5つにしても、少なくとも4つは意味を知らなくてもイメージは沸きます。
re(再び) + call(呼ぶ) = recall(再び呼び起こす⇒思い出す) 
re(再び) + mind(気にする) = remind(再び気にさせる⇒思い出させる) ←ビジネスでよく使います。
re(再び) + member(会員) = remember(再び仲間に取り込む⇒思い出す) ← これは無理があるか。。
re(再び) + search(注意深く調べる) + er(人) = researcher(再び注意深く調べる人⇒研究者)
re(再び) + view(見る) = review(再び見る⇒振り返る)

こういったことを意識しながら例文を読むと、意識しないで読むより記憶に残りやすいでしょう。
生徒のみんなはぜひ意識してみてくださいね。

2009年8月7日金曜日

aと書いてアと読む単語はエァと発音する。

最近英語を教えていて、意外と発音やアクセントが苦手な高校生が多いことに気づく。
長文読解の問題の解説時間に、生徒一人一人に、順番に1文ずつ読んでもらっているのですが、みんな読むことが苦手みたいです。
学校の授業であまり英文を読まなくなったのかなぁ。
もしくは引っ込み思案な生徒が多いのでしょうか。

ということで、発音の覚え方を一つ紹介します。

例題:motherと異なる発音の単語を選べ
①couple
②come
③cut
④family


正解は④です。

u, o, ouと書いて"あ"と読む場合は、"ア"と発音しますが、aと書いて"あ"と読む場合は"エァ"と発音します。
つまり、familyはファミリーではなく、フェァミリーなんですね。
他はカップル、カム、カットとすべてアと発音します。

一つ一つの単語の意味、読み方、アクセントの位置を暗記させることは効率的ではないですし、授業の中ではそこまでできないので、こういった共通点を教えてある程度効率よく教えていかないと受験までに間に合わないですね。

似たようなことが他にもいくつかあるので、授業の中で説明していこうと思います。

2009年8月4日火曜日

which の使い方をもっとシンプルに覚えられないだろうか。

先日、高3英語の授業でwhichの使い方を教えました。
その授業の後に、家でいろいろとwhichについて僕なりに考えたことを書いてみようと思います。

"どちら"という意味の使い方は分かりやすいと思いますが、関係代名詞と呼ばれる使い方は少し分かりづらいですよね。
which という単語をYahoo辞書で調べると、代名詞と形容詞に分けられ、その後細かく12通りほどに分けられていますが、すべてを暗記しろと言われたらやる気なくなりますし、実用的ではないですね。

英語のネイティブスピーカーがすべての用法を意識して使っているわけがありません。
例えば、日本語で考えると以下のような感じでしょうか。

日本語で"どちら"という単語を使う例文を考えてみる。
・リンゴとみかん、どちらが好きですか?(目的語的用法)
・どちらの物件がお気に入りですか?(形容詞的用法)
・どちらにお住まいですか?(副詞的用法)
・どちら様ですか?(主語的用法)
これらを文法として、会話のときに意識して使っていないですもんね。

では、どうやって覚えるのがよいか、ということを考えていきたいな、と。

こちらが先日の授業で出てきた文法の問題です。
(著作権を意識して少し変えてあります。)
The house () she was looking for was on the main street.
①whose
②what
③which
④in which
⑤in that

正解は③のwhichなのですが、なぜwhichなのかを考える上で関係代名詞を使わない文章に戻してみると分かりやすいです。

She was looking for the house.
The house was on the main street.
(彼女はある家を探していた。(そして見つけてみると、)その家はメインストリート沿いにあった。)
the house なので、おそらく探していた家は、友人の家のような特定の家だと予想できます。

この2つの文章をつなげたのが例文なのです。
⇒The house which she was looking for (the house は不要になる) was on the main street.
 (彼女が探していた家はメインストリート沿いにあった。)

--- 以下は余談 ---
つなげる順番を逆にすると下の文になりますね。
⇒She was looking for the house which was on the main street.
 (彼女はメインストリート沿いにある、(特定の)家を探していた。)

2つの文章を比べると状況が違いますね。
1つ目の文章はどこにあるか分からない家を探していて、見つけてみたらメインストリート沿いにあった、というときの文章。
2つ目の文章はメインストリート沿いにあると知っていた家を探していたが、この文章からは最終的に、見つかったかどうかは分かりません。


ちなみに、the house を a house にすると、
She was looking for a house which was on the main street.
「(特定の)メインストリート沿いの(特に指定はない)家を探していた」という意味になり、引越すときに国道一号線沿いの物件を探しているときのような文章になりますね。
--- 余談 ここまで---


さぁ、先ほどの例文を覚えたまま次の例文をやってみましょう。

He found a tall tree () beautiful birds were nesting.
①that
②how
③which
④in which
⑤whatever

正解は④です。
この文章も2つに分解してみましょう。
He found a tall tree. (彼は高い木を見つけた。)
Beautiful birds were nesting in the tall tree.(美しい鳥が高い木に巣を作っていた。)
この文章をつなげて、
He found a tall tree in which beautiful birds were nesting.
もしくは、
He found a tall tree which beautiful birds were nesting in.
He found a tall tree where beautiful birds were nesting.
となるわけですね。

例文の選択肢の③which を選んでしまうと、分解した文章が、
Beautiful birds were nesting the tall tree. となってしまい、「美しい鳥が高い木を巣づくっていた」となってしまい、変な文章になってしまいますね。
あくまで、高い木という"空間の中に"巣を作っていたので、inが必要なのです。

whereは、前置詞+場所をまとめて表現できるので便利ですね。
場所に付く前置詞としては、in や at や on などいろいろあるので、where を使うとこれらを意識しなくて済むというメリットがあります。
(ただ、ネイティブスピーカーは同じ動詞でも前置詞を変えることで意味をいろいろと変えて使うことが好きらしいので、in which を使うほうがネイティブっぽいのかもしれません。あくまで推測ね。)

どうやら、whichは修飾したい語句とイコールの関係を作れるようです。
このあたりの感覚を覚える方が、10以上もある用法を暗記するより有効のようです。

では、最後に難しい言い回しをやってみましょう。

She was wearing dark glasses, () made it hard to tell what her expression was.
①of which
②where
③which
④that
⑤what

正解は③です。

訳してみると、
「彼女はサングラスをかけていた、そのことが彼女がどんな表情をしていたか伝えることを難しくさせた。」

whichが直前までの文全体(She was wearing dark glasses)とイコールの関係になっていますね。

うーん、whichの関係代名詞的な使い方というのは、イコールの関係を作れるということに集約できそうです。

"イコールの関係"という表現がまだイマイチかもしれませんね。
他に何か分かりやすい言い方が無いか考えてみようっと。

2009年7月30日木曜日

生徒とのコミュニケーション

今日から夏期講習の高3英語が始まりました。

僕は塾内の知らない生徒にも話しかけるタイプなので、授業以外で何度か話したことがある生徒たちでしたが、授業を受け持つのは今回が初めてでした。

生徒も新しい講師との最初の授業は多少身構えると思いますが、講師も同じです。
講師と生徒とはいえ、人間対人間。講師だって緊張します。
スムーズに授業を進めていくためには、生徒たちとの信頼関係をいかに築くかが大事だと思っているのですが、その点で第一印象というのは大事なんですね。
最初にしっかりと自己紹介をして、生徒にも名前以外に何か話してもらって、そのやり取りの中で、「お、なんだか面白い先生だな」と思ってもらえればしめたものです。

生徒が先生との距離を遠く感じてしまうと、分からない点を聞きづらくなって、そのまま放置してしまうかもしれないですよね。
悠々館のように小さい塾の良さの一つは、講師と生徒が授業以外でも頻繁にコミュニケーションを取れることだと思います。

講師一人が受け持つ生徒が多すぎると、生徒一人一人の個性を覚えることはほぼ不可能ですが、個人塾なら、「この生徒はこういうところを間違える癖があるから、こうやって教えてみよう」というように、一人一人の個性に合わせて授業をすることができます。
そういった教え方をするためにも生徒に気軽に質問や相談をしてもらえるような信頼関係を築かなきゃいけないですね。
一方通行の授業だったら、ビデオを流すのと変わらないですから。

2009年6月29日月曜日

負の数の足し算と引き算について

中学校に入ると算数が数学に変わり、負の数という現実ではあまり触れる機会が無い数字を扱うようになります。
この負の数は、理解するまで少し時間がかかる場合があるようです。

例えば、5-(+5) と 5+(-5) の違いをどう説明したらよいか。
どちらも5-5で0ですね。

負の数と引き算で使う"マイナス"という記号はどちらも同じため、上の計算はできても、それぞれの違いを分かりやすく伝えることって意外と難しいなぁと教えていて思ったのです。

特に、5-(-5) のように、負の数を引くとなってくると、計算ミスをする生徒が多くなるようです。

僕自身、中学生のころを思い出してみると、マイナスが2つでプラスになるととりあえずルールを覚えて計算をとくようにしていました。
腑に落ちなくてもルールを覚えて、まずは目の前の問題を解けるようになる、ということは、意味のあることだと思いますが、負の数の計算を分かりやすく教える方法はないかなと考え、下のようなゲームを考えてみました。

■準備
ボール紙のような透けない紙を用意し、"+1" ~ "+8"、"-1" ~ "-8" (8以上まで用意してもOK)という数字を1枚に一つずつ書く。

■ルール
ババ抜きに近いゲームです。
参加メンバーにババ抜きのように同じ枚数ずつカードを配ります。
まず、スタートの人が隣の人から1枚カードを取ります。
取った後に、自分の持っている数の総和がいくつかを計算して宣言します。
同じように次の人が隣の人から1枚カードを取ります。

同じ数字の正の数と負の数がそろうと場に捨てることができます。
例)"-8"と"+8"がそろうと捨てられる。

また、持っているカードの数字をすべて足した数が"0"になった場合、すべて捨てられる。
例)"+1"、"+5"、"-2"、"-4"の4枚になった場合、すべて足すと0になるのですべて捨てられる。

カードが全部なくなったら勝ち。


このゲームで生徒に伝えたいことは、正の数、負の数の足し算と引き算です。
正の数と負の数とはこのゲームで言うところのカードの数です。
足し算とは、相手からカードを1枚持ってくる"行為"であり、引き算とは相手にカードを1枚取られる"行為"です。
つまり、-(-5)とは、"-5"のカードが相手に取られたということであり、結果として、自分のカードの総和は5増えることになるわけですね。

生徒に負の数の計算をうまく教える方法は無いかなぁと布団の中で考えていて、このゲームを思いつきすぐにメモして寝ました。
まだ試したことはないので、機会があったら試してみよう。

塾長に紹介したらなかなか面白いといってもらえたので、小学校6年生の後半か中学校1年生の最初に遊び気分で試してみたいと思います。