2011年3月31日木曜日

3月31日は予定通りです。

今日も計画停電は実施されません。授業は予定通り行います。


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昨日夕刻、Sさん親子来塾。
大学合格のお礼に塾に足を運んで下さいました。ありがとうございます。
お母さんから「娘にとって塾が心の拠り所になっていたようです」と言って頂きました。身に余る光栄です。「少しだけ役に立てたかな」と思えて、喜びひとしおです。

そう言えば、高校英語の授業にNさんが久々に顔を出しました。難病を患い、この一年入退院を繰り返し、ついには学校も止めることになりました。それでも体調が良いときに、ふと授業に参加してくれます。こちらも月謝を請求する気も無く、元気な顔と勉強の意欲を見せに来てくれればもう十分というところです。

今日で3月も終わり。それぞれのそれぞれの形の新年度が始まります。

2011年3月30日水曜日

3月30日

本日は予定通りの授業を行ないます。



車でラジオを聴いていたら、震災で避難所にいた人の自殺のニュースがありました。記者兼コメンテーターが「自殺は悪だ」という言いかたでそれにコメントをつけていました。「どんなに苦しくても、自殺してはいけない。それは完全悪だ」と。

この件に関し、異論を持っていますが、ここで議論するつもりはありません。

今回の地震で孤児になった子供がたくさんいるはずです。それとは別に親の自殺によって孤児となったたくさんの子供がいます。地震で親を亡くした子供と違って、自殺で孤児となった子供は親の死をどのように受け入れるか、複雑な立場に立つことになります。親の生き方を否定して生きていくのか、親の死を受け入れて生きていくのか。彼らは終生その問題を自らに問いかけて生きていくことになります。ラジオのコメンテーターがそのことを理解するほど繊細な人間でなかったということです。合掌。

2011年3月29日火曜日

生きているということは・・・

本日の計画停電は取りやめです。したがって、授業は予定通り行ないます。

”♪~生きているということは~誰かに借りを作ること~
生きていると~言う~ことは~誰かに~その借りを返すこと~” (永六輔)

 インドを旅しているとき、人から小銭をもらうことが度々あった。最初に体験したのはニューデリー空港を一歩出たときだった。公衆電話を使おうとして、近くにいる同年代の若者にいくらで電話がかけれるか聞いた。彼は黙ってポケットから小銭を出し、使えと言う。
 それを使って電話をかけ終わると、小銭より少し高額の紙幣を返そうとした。彼は首を横に振って受け取りを拒んだ。そして「次は、君がその金を誰かのために使ってくれ」と言った。やせ細った浅黒い肢体と精悍な目、そして、破れた靴から指が出ていた。

”♪~生きているということは~誰かに借りを作ること~ ♪~” ぼくは鍋をぶら下げた大きなリュックを担いで、オールドデリーの街中に安宿を探しに出かけた。

2011年3月28日月曜日

本日の授業

3月28日(月)の授業は全クラス、平常通り行います。

2011年3月27日日曜日

3月28日

3時からの授業、5時からの授業は行ないます。
7時からの授業は午前中に発表される計画停電の予定によって決定します。

計画停電が最初に行なわれた日、おやっと思うことがありました。停電を実行した地域に静岡県と山梨県が入っていたからです。静岡県は中部電力だと思い込んでいたからです。そういえば、50Hzと60Hzの境界は静岡県の半ばにあります。それが境目なのでしょうか?

中3理科でやる等速直線運動で使う1秒間に50打点する記録タイマー。関西の中学生は1秒間に60打点でやっているはずです。今塾で使っている問題集の問題は50打点もものばかりなのですが、静岡以西の中学生は60打点の問題をやっているのかちょっと知りたくなりました。

覚醒

新年に一族が集まって食事をしていた時、26歳の従兄弟が一言。
「この歳になってやっと真面目に努力する事を知ったよ。」
社会に出て必死に勉強して力を付けていく同期を見て触発されたそうで、今の日々は忙しいけれども、目的意識があり充実しているとのことです。


これは僕の個人的な理論ですが、人は「環境に対して自己の存在のありかを見つける」事で、劇的に成長を遂げる事が出来ると考えています。これを僕は覚醒と呼んでいます。
そのきっかけは多様で、個人差があります。早い人は小学生や中学生からガンガン伸びていきますし、従兄弟の様に成人してから気付く事もあるでしょう。それは多くの場合、人との出会いや触れ合いがそれを呼び覚ますのではないかと思います。


しかし出会いが人を醒ます時もあれば、出会いが人を眠らせる事もあるのです。
僕が高校に入って直ぐ、将来に対する三者面談がありました。数学も国語も取り立てて得意とは思ってなかった僕は、発音なら比較優位かなと思い「通訳になりたい」と書きました。
すると母や先生は「通訳では食べていけない」「工学(当時は???な語句)系を目指したらどうか」等とまるで英語自体を否定するような物言いでした。
「存在のありか」を見失った僕に、英語に対するモチベーションは残っていませんでした。


出会いが人を変える。素晴らしい事です。
しかし今年もこうして、思慮欠落な大人のエゴにより、ある若者の夢が凍結されてしまうのかなと思うと、悲しいと同時に歯がゆくて仕方がありません。

2011年3月26日土曜日

3月26日通常通りです。

3月26日の授業は通常通りです。
来週から春期講習で通常授業はありません。

計画停電によっては授業時間が変更されます。
計画停電の予定は http://www.tepco.co.jp/images/week_schedule.pdf

2011年3月25日金曜日

3月25日は通常通りです。

計画停電の影響がありませんので、今日は通常とおり行ないます。

東京23区で計画停電が行なわれていないことに、違和感を感じます。国家機関や、日銀や、病院が多いからだという理由だそうですが、国家機関が被災者の痛みを共有しないでどうするのだと思います。そういえば、この時期にドームでナイターをやろうという発想も計画停電の無い地域だからかもしれません。

こうしたことが長く続くと、神奈川県の大学進学実績は東京に大きく水をあけられるれることになりそうです。

2011年3月23日水曜日

3月24日7時からのクラスは授業あります。

7時からのクラスは行ないます。5時からのクラスは休講とします。

3月23日計画停電があります。

3月23日(水)は計画停電が実行されます。授業は全てありません。

2011年3月22日火曜日

リスニングの為のリーディング

英語のリスニングを上達させるためにはたくさん英語を聞くのが良い.
もはや当たり前のことです.

しかし,何度聞いても何度聞いても聞き取れないフレーズってありますよね?

そこで実際に読まれている文を見ると,大抵の場合「なんだ,そう言ってるのか」となる.
そして不思議なことに一回文を見た後では,さっきまでとは打って変わって,
どう聞いても,そうとしか聞こえなくなってしまう.

この疑問の答えを最近見つけました.

「聞き取れないのは発音が分からないからではなく,話す相手の速度が
早すぎるからでもありません.

相手の言っている文を見たことがないからです
自分の知っている文の中に無いからです」

これは「ビッグファットキャットの世界一簡単な英語の本」という書籍からの引用です.
なるほど,もしこの理論が正しいとすると,英語の歌の歌詞カードを見ると
聞き取れなかった英語が聞き取れるようになることも納得できる.

つまり,逆説的ではありますが,リスニングを向上させるためには,
リーディングを徹底的に鍛える必要があるということです.

「日本では中学,高校と6年間にわたって英語を勉強する間,ほとんどの学生は
一冊の英語の本も読み終わりません.極端の場合は大学の四年間を含めても
一冊も英語の本を読了しない可能性さえあります」
※同書籍より引用

ん~.たしかに.

このことを受け,最近ハリーポッターの原書を読み始めました.
読み終わったことをまた報告できるように,がんばります.

ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の本



少年Nと悠々館③



とある貸しビルの2階、「あ、ここなの?」という所に悠々館はありました。友人Mが扉を開け一緒に中へ入ると、授業開始を座って待つ少年が直ぐに目に入り、彼もこちらに振り向いてきました。
少年はMを視認するとニカッと人懐っこい笑顔になりました。彼は自分を丸(仮)と名乗るとさっと手を差し伸べてきて、その勢いに飲みこまれていたNは変な愛想笑いと共に握手を交わしていました。


塾長の初対面の印象についてはもう覚えていない(スイマセン…)のですが、初回の授業については深く記憶に残っています。数学の軌跡の授業でした。
Nは当然チンプンカンプンからスタートしていたのですが、"軌跡とはそもそも何をするものなのか"という点について判り易く教えてもらった事をきっかけに解法と呼吸が合い、「なるほどね」と久々に学業に対して真摯に取り組んでいました。終わる頃にはこちらも久しぶりの充足感があり、そこには戸惑いと喜びが混在していました。


授業が終わった後、塾長に「進路はどう考えている?」と聞かれました。Nは
「本当は横国を目指したいですが、MARCHを何とか…」と何故か申し訳なさそうに答えていました。これに対して塾長は
「頑張れば東工だっていけるぞ。これからだよ。」と言います。笑いながらだったら大した記憶にならなかったのですが結構真面目な顔だったので、印象的な一言でした。
"横国飛び越して東工なんて。"内容については半信半疑どころかお伽話にしか聞こえていませんでしたが、そう言ってもらえる事自体が今の彼にとって大切にしたい・すべき出来事だったのです。


新緑の候、爽やかな夜、空へと続く様な直線道路。
遠い雲の上にそびえる大学の門、距離は変わらないけれど、しかしそこに階段を作ってもらった。彼は家路に着きながら、そんな気がしていました。

3月22日通常通りです。

少しずつですが復旧への槌音(つちおと)が聞こえてきました。

この災難の中で、秩序と礼節を忘れず、生きている人たちを立派で誇らしく思います。

3月22日、停電は午前中です。授業は何時ものように行ないます。

2011年3月20日日曜日

3月21日は通常通りです

3月21日(月・祝日)は祝日ですが通常通り授業を行ないます。

この地域の計画停電は午前中ですが、電力消費量によっては夕刻の授業時間帯に停電になる可能性もあります。連絡に注意してください。

東京電力の計画停電はしたのリンクから
http://setsuden.yahoo.co.jp/schedule.html

2011年3月19日土曜日

本日は通常通りです。

本日は通常通りの授業を行ないます。

金曜日に来れなかった高校生は7時から来てください。

2011年3月18日金曜日

3月18日の授業は停電のため休講とします。

本日(18日・金曜)の授業は停電のため休講とします。
振り替えは後日相談の上、日程を決定します。

・・・・・春期・その他の問合せについて・・・・・・
通常の電話受付は7時~9時ですが、本日の電話受付は4時~6時20分までです。
それ以降は停電のため、電話に出ることができません。ご了解ください。

2011年3月17日木曜日

いつも通りやります。

 主著「純粋理性批判」で有名なドイツの哲学者イマニュエル・カントはとても規則正しい人だったようです。ケーニッヒベルグ大学の哲学教授でした。毎日、決まった時間におき、決まった時間に勉強をし、決まった時刻に決まったルートを散歩していました。カントの姿を見て、街の人が時計の時刻を修正したというのは有名な逸話です。そのカントが散歩を忘れたのは、思想家ジャン・ジャック・ルソーの「エミール」を呼んだときだけだということです。

 勉強で重要なことは、淡々とやるべきことをしていくことのようです。特別なこと、良いこと、悪いこと、どのようなことがあっても、毎日ある量の勉強を当然のようにする。そんな生活は私自身の目標でもあります。

 地震、津波、原発。そして、計画停電。いろいろありますが、今日も通常通り授業をします。

3月17日 日程

本日の授業も平常通り行う予定です。
交通にはくれぐれもお気を付けておこし下さい。


何か変更がある場合はこちらに再度掲示しますので、ご確認をよろしくお願いします。

2011年3月16日水曜日

助け合い

東北関東大震災が起きたのは先週の金曜日,午後2時半過ぎでした.

その時僕は東京の大学に居たのですが,最初に「ゆらっ」と来てから
ものすごい揺れを感じました.急いで机の下にもぐりこみました.

棚からは多くのものが崩れ落ち,コンクリートの壁が剥がれ落ちていました.

電車はストップ,結局帰れなくなってしまったので大学に泊まることに.

夜,食料の配給と非常用の毛布が配られ,各自が自分の分を確保し,
研究室で一息ついていると,ドアをノックする音が.

「おや,こんな時間にだれかな?」と思いつつドアを開けてみると,
見知らぬ学生が毛布をたくさん抱えて立っていました.

「下で毛布を配っていたので皆さんにと思いまして...」

僕は心を打たれました.
自分の分を確保して安心していた己は,なんと愚かであったか.

何か,忘れてしまいそうな尊いものを,思い出させられました.

こういう時だからこそ,助け合いが必要です.
自分たちは何ができるのか,考えましょう.


被災地の皆さま,また全ての方のご家族,お知り合いの方々が無事であることを
お祈り申し上げます.











2011年3月15日火曜日

Color

本日は予定されていた停電がなかった為、ビラ配りを行いました。
春めく気候の中で、新入生たちは初々しくも既に高校生の風貌を感じさせた事が印象的です。
これから待ち受ける日々は荒々しく彼らを飲みこみ、あっという間に高校生へ磨き上げていくのでしょう。


僕と同じ場所でビラ配りをする青年がいました。
彼は爽やか且オシャレなイケメンでスーツもピシッと着こなしており、聞けば某大手予備校のアルバイトとのこと。うむむ、強敵。
他方私服で取り組んでいた我々チーム悠々館。配り手にこの違いがどう映っていたのかは判りませんが、個人的にはこの「カッチリしていないけれど取り組みはしっかりと」、そんな当塾の色を大切にしていきたいなと思っています。


実りある学生生活には私生活と学業の両立が鍵です。
その点悠々館の生徒達は皆いつも笑顔で、充実した生活を送っている様です。
講師としてささやかな幸せであるとともに、ちょっとした自慢です。





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悠々館では新規塾生を随時募集しています。
HP左上の電話番号よりお気軽にお問い合わせ下さい。
またメールでのお問い合わせも、下記URLよりお受けしています。

2011年3月13日日曜日

悠々会延期のお知らせ

今回の地震とそれに伴う大津波により、万単位の死者・行方不明者が予想されています。
明日、14日に行なう予定の悠々会を延期し、ささやかながら弔意を表したいと思います。

私自身も仙台に住む学生時代からの親友に連絡がつかない状態です。
何ができるのか、個人的に検討しています。

今回、大学合格者その他、多くの生徒、先生と話せることを楽しみにしていました。次の機会を持ちますのでご了解ください。

今なお、不明の方々、救援を待つ方々の一刻も早い救出を祈りたいと思います。

2011年3月12日土曜日

地震、止むなり、家事、親父

昨日の東北地方太平洋沖地震はここ平塚にも大きな衝撃を与えました。
悠々館では昨日の授業を急遽中止としたのですが、メールの遅延の為一部の生徒がやって来てしまいました。こんな時の為のホームページであるのに、連絡に不備が出てしまい誠に申し訳ありません。
本日は余震も少なくこの辺りは平穏を取り戻しつつありますが、引き続き情報には耳を傾けて節電等の対策に努めましょう。


なお、登校した高校生の生徒とは授業をしました。
しかし塾長は電車の運転見合わせにより小田原に残された息子さんを迎えに車で出てしまったので、昨日は僕が監督を務めました。余談ですがやはり高校数学の指導に携わる事は楽しいですね。


仕事を家事と例えるならば
「地震、止むなり、家事、親父」
塾長、お疲れさまでした。

2011年3月11日金曜日

怠け者

5年ほど前、プランターでゴーヤを作りました。その年は、1本だけ収穫がありました。翌年はつるが30cm程伸びたところで、根元がやせ細り、枯れてしまいました。その次の年も同じでした。「こりゃだめだな」と思い、ここ数年作っていません。

去年、長尾先生からゴーヤをもらいました。それを炒め物にして美味しく食べました。その時、「よし、来年は再挑戦するぞ!」と考えて、種を保存していたのです。

今までは、種を直播きにしていたのですが、今年はちょっと考えました。丸一日水につけ、その後、暗いところで発芽を待ち、それを植えようという、私らしくない壮大で計画的な栽培です。

さて、種を一日水につけ、それをぬらしたティッシュの上に並べ、という作業をしていたときです。TVでアメリカ国務省の日本部長のニュースが流れました。その中に、
「沖縄はゴーヤをたくさん作っていると思われているが、本土の方がずっと生産量が多い。沖縄の人はゴーヤも作れないほど怠け者だ」というものでした。

「えっ。そうだったのか。俺はゴーヤも作れないほどの怠け者だったのか」

なんだか、身につまされるニュースでした。たわわに実る巨大なゴーヤ。怠け者の僕でもできるでしょうか?

合格発表

メールのチェックをすると「今日何時に塾開きますか?」とSさんから。その日は国立大学前期日程の発表でした。「あっ、駄目だったか」と気分が沈みます。数学はそこそこ、化学はばっちりといっていたけど。「う~ん」と唸る以外にすることもありません。

夕方、授業をしていると、そのSさんの声。野地先生と話している。そーっと顔を出すと。
「あっ。先生。受かりました」
「えっ。メールだと・・・」
「ちょっと、おどかそうと思って」
「勘弁してくれよ。気分の沈んだ数時間を返してくれよ」と思いながら、心の中では「やれやれ」です。

センターが終わった日、出来が悪くて「家で号泣した」と言っていました。事実なのでしょう。いつも元気そうにしているけど、その様子が想像できました。翌日、塾で自己採点をしなおすと、今度は得点が数十点増えて、途端に元気になっていました。どんな、自己採点なんだよ! この数ヶ月、彼女にとって浮き沈みの大きな日々でした。

少し遊んで、一段落したら、しっかり勉強するんだよ。

2011年3月9日水曜日

局所的最大値を見極める

昨日、遠出の為に朝5時に起きました。
眠かったのですが電車に乗る時間は早く座れるので、乗る前から平塚-東京間でたっぷり寝てやろうと考えていました。
横一列のシートの右端に陣取り準備完了、と思っていた矢先の茅ケ崎で隣に年配のサラリーマンが座ってきます。朝から随分タバコ臭いなぁと思いつつも、それは特に気になりませんでした。


しかしウトウトしていた藤沢あたりで突然、
「…んごご~。。。」
というノイズに目を覚まします。隣の人がいびきをかいて寝ていました。
僕の場合この様な特徴音は一度気になると止まらず、結局眠れぬまま東京に着き、眠気に不満を加えて集合場所に降り立つ羽目になってしまいました。


こんな時、どうしますか。
僕にはこの「故意ではない妨害」を咎める気になれませんでした。いびきというものが生理的現象(特に花粉の季節だし)であること、咎めると結局僕が寝るか相手が寝るかという話になることを考えると責められる行為ではないなと思ったからです。


今回僕が犯した最大のミスは、寝続けようとした事でしょう。
これはちょうどテストで解けない問題に延々と着手し続けることと同じ様な愚かな行為です。
状況を冷静に見てポジティブに、ベストな行動を心がけたいです。

2011年3月6日日曜日

笑顔が与える印象

僕には本を読む習慣はあるのですが、小説はあまり読まない方です。
しかし小説以外の本についても著者はバラバラです。タイトルのセンスや少し読んだ時のフィーリング等、初対面での第一印象の様な感じで買う本を決めてしまいます。
なのでよくある会話の中の一つである「好きな著者トーク」には全く付いていけず、しばしば自分の嗜好について残念に思います。


第一印象について一例を挙げましょう。
心理学者であるPaul Ekman氏によると、人は初めての人に会った時に笑顔を探す傾向にあり、また30メートル先の笑顔でも認識し、笑顔に対して好意的な印象が湧きやすいといいます。
確かに僕も体験生に授業をする時や初対面の人とチームを組む時は、まず笑顔を探していました。
愛想笑いでない突発的な笑顔が出てくれば僕の勝ち、そうでなければ手段に改善の余地ありというスタンスは互いの距離を把握する一つの手掛かりになり得ます。
同時に、僕自身も笑顔で接することを常に心がけています。


心理的に30メートル離れた物でも、笑顔を見ればグッと距離が縮まります。
おそらく僕の蔵書たちはタイトルと前書きに「笑顔」に見える何かがあったのでしょう。
悠々館のチラシが、ブログが、授業が、皆さんに安心して訪ねていただける、笑顔で語りかける物であるように。
同時に僕らの笑顔が詐欺スマイルだなんて取られぬよう、誠心誠意を忘れずに。

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悠々館では只今中学準備講座を受付中です。
詳細はhttp://www.youyoukan.com/2011/02/blog-post_7971.htmlにて。

2011年3月5日土曜日

悠々会のお知らせ

3月15日(月)の悠々会は8時から開催します。
時間のある人は顔を出してください。

2011年3月4日金曜日

めいめい

ある高校生に「これどういう意味ですか?」と聞かれました。
見てみると each  でした。each を知らないのは高校生としてどうかと思いますが、
 「”めいめい”って意味だよ」と答えると、
 「えっ。めいめい?」とぽかんとした顔をしています。
 「めいめいといっても、山羊の鳴き声じゃないぞ。ほら、めいめいざら(銘々皿)とかさ」
 「はっ?めいめいざら?」
どうやら”銘々皿”は良くなかったようです。そこで、
 「おのおのってことだよ」と言うと、
 「えっ?おのおの?」とやはり通じません。
 「おのおのといっても、金の、銀のとは違うぞ。ほら忠臣蔵で大石内蔵助(おおいしくらのすけ)が『おのおの方、準備はよろしいか?』とか言うじゃん」
 「えっ?大石・・・?」
どうやら”忠臣蔵”も良くなかったようです。そう言えば、以前は”平行四辺形の対角線はおのおのの中点で交わる”となっていた教科書が”それぞれの中点で交わる”に変わっていることを思い出しました。
 「つまりさ、それぞれのことだよ」
 「なあんだ。初めからそういってくれれば分かったのに」と生徒。
そうだよね。だけどその前に「日本語、話せますか?」って聞いておけばよかった。

悠々会やります

2月14日(月) 悠々会 やります。
時間の詳細は後程。
通常より早く始めたいと思います。

2011年3月3日木曜日

小学のテストから中学の点を予想すると

中学受験をする子供たちは模試の偏差値によって、その学力がどの程度のものか親も子も明確に知っています。一方、公立中学に進学する場合、その子の学力を本人も親もほとんど知らないのが実情です。通常の小学校のテストだけでは学力の判断ができません。問題が易しいからです。極言ですが、「100点をとる」≒「最低限のことができる」なのかもしれません。

そうしたテストを見ているうちに、これで十分な学力があると勘違いしてしまいます。これは、本人も、その家族も、更に学校の先生も。もちろん塾の講師もです。

最近、こんな公式を作りました。簡単なものですが、

     《小学校のテストの点(100点満点です)》 × 0.9 ÷ 2

です。小学校のテストの点は1割引(9割)だとして、この地域の中学のテストが50点満点なので÷2をします。2割引の方が現実に近いような気がしますが、少し甘くしてあります。その分、小数点以下を切り捨てることにします。

小学校で大体90点の生徒は中学では  90×0.9÷2=40・・・内申点3 場合によって4 
小学校で大体80点の生徒は中学では  80×0.9÷2=36・・・内申点3
小学校で大体70点の生徒は中学では  70×0.9÷2=31・・・内申点3 場合によって2

内申点は他の要素が大きいので、大体のところです。2割引だともっと悪くなります。

小学校のときに90点前後とっていれば親としては「うちの子はできる方かな」思います。ただし、2割引きなら中学で90×0.8÷2=36点です。この点はできる生徒の点ではなく、ごく普通のクラス平均程度の点です。「中学になって急に成績が悪くなった」と言われるものの内、かなりのものが実は小学校段階で既にその状態だったと考えられます。

理科総合って?

テスト前日の生徒と化学Ⅱをやりました。硫酸銅・5水和物の析出の問題でした。その生徒は中高一貫校の2年生で、公立高校よりずっと速く進んでいます。

ところが、僕はその同じ問題をもっと早く、公立高校1年のときにやっています。その問題には特別な思い出があってよく覚えていました。

中高一貫校は1学年程度、公立高校より進度が速いと言われています。確かにその通りです。ただし、それは公立高校がその内容を少しずつ減らし、更に『ゆとり』になり決定的に学習内容を減らしたためです。私立一貫校が速くしたのではなく、公立が一年以上遅くしたため、相対的に速くなったわけです。

新指導要領では高校でやる『理科総合』の多くの部分が中学に戻っていきます。そして、中学の延長のような高校の『理科総合』がなくなることになります。理科総合は中学校の理科の多くの部分を高校にまわすためだけにできたような教科です。ゆとりで扱えなくなった部分をまとめて『理科総合』とし、高校にまわしたのでしょう。以前、問題になった、高校での未履修もこの理科総合と無縁ではありませんでした。なくなって当然だと思います。

いったい、この10年~20年は何だったのか?

『失われた10年』は決して経済や文学だけのことではありません。

2011年3月1日火曜日

システムの中での学力

定期テストでの英語の点は良くなくても、高校入試問題になるとずっと高得点を取る人がいます。そのタイプの人は、高校の定期テストが良くなくても、私大入試やセンター試験の英語でも高得点を取ります。ただし、国立の2次では上手く行きません。

その理由は、『書けないけど読める』。そんな勉強をしてきたからです。昔のようにひたすら単語を書いて覚える。そうしたやり方は減ってきました。単語は書かないで覚えたほうが効果的だという考えも増えています。確かに、神奈川県の公立高校を受験し、私大あるいはセンターのみであれば、それで十分かと思えます。

神奈川県の高校入試、私大入試、センター試験。これらの英語の問題の特徴は、解答を選択肢から選ぶことです。単語を書く量は大変少なく、極端な場合、高校入試と大学入試の合計で2~3語しか書かないで合格ということも考えられます。単語が書けなくとも、意味が分かればよいわけです。一方、国立の2次は英作文等、記述の部分が多く、書けないとうまく行きません。

多かれ少なかれ他教科でも同じことは言えます。

コンピュータの利用により、マーク式の秀才という類型ができてきます。私大型、国立型の秀才が現れてきます。学力は多かれ少なかれそのシステムに依存しているわけです。

スキーのジャンプ、カーレースなどはそのルール(レギュレーション)の変更によって、結果が大きく変わってきます。今年の王者が翌年には下位に沈む。そんなこともあります。絶対的な実力などは存在せず、そのシステムの中での実力なのです。学力も似たところがあります。なぜかそのことが十分考慮されてはいないように思いますが。