O君が塾に来るなり『英検受かった』と言って、ちょっと自慢げに郵送されてきた書類を見せてくれました。英検合格者の数は全国では膨大ですから、特別たいしたことではないかもしれません。
しかし、まだそれ程の成功体験のない子にとって、この小さな体験は重要なことです。英検の前には塾でN先生と対策の勉強をしていました。その結果、勝ち取った成果です。努力の意味、成功の喜び、それを少し分かったのではないかと思います。
別の子ですが、漢検6級から準2級までの合格証明書を全て額に入れ部屋に飾ってあると言っていました。『準2級だけ貼っとけば良いんじゃないの?』と尋ねると、『それぞれが同じように大事』なのだそうです。最終的な結果ではなく、その途中でした、努力と喜びがどの級にもあるからなのでしょう。その喜びが次の努力を支えていくのです。
今まで教えてきた中で、努力が成果を出さなかったケースはほとんどありません。勉強したのに結果が得られなかった場合の多くは本人がやった気になっているだけです。そういう意味では勉強は努力がかなり正当に評価される世界です。
残念なことに、社会に出れば、必ずしもそうではないことは沢山あります。
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