2011年4月6日水曜日

少年Nと悠々館④

前回までの記事はこちら


数学とはなんと都合の良い科目なのでしょうか。
例えば二次関数の後に三角関数の部分を学習するとします。すると三角関数の序盤の内容は二次関数の二の字も出ないほど独立しています。そして徐々に発展し、両者が絡み合った問題が出てくるわけですが、三角関数の基礎が出来ていれば全く問題なく解く事が出来るようになります。むしろ二次関数も得意になってきたりします。


そんな数学の性もあり、Nは(過去の分野を無視すれば)瞬く間に、数学について不安を覚える事が無くなっていました。学校の先生から出される問題は解けるし、宿題部分にまで手が回る。
あぁ数学は楽しいなぁと、好循環に流されるままに力をつけて行きました。


対して、英語や古典はかなり苦戦しました。
これらの言語は積み重ねが物を言う為、新しい分野だよし頑張ろうとは中々行かないものです。
これまでの単語が、文法が、そして読んできた長文の数が物を言います。特に単語をサボっていた彼は何処から手をつけて良いのか迷い、収集がつかなくなっていました。
『単語や文法が判らない→読めない→続かない→学校は進む』という悪循環を独自に抜け出す事は容易ではありません。そしてまだしばらくは、その循環の中に身を沈める事になります。


そして一番の問題、部活。
季節は初夏の気配漂う6月、夏の甲子園大会予選を控える野球部では背番号発表が行われる時期です。その頃Nは野球部の2年生でした。実力は正直に言って戦力外でしたが、消去法的に背番号19をつける事になりました。
当時の努力量からして当然の処遇だと思っていましたが、若さゆえの非合理といいますか、屈辱を覚えるもそれをバネとする事が出来ませんでした。それよりもこの19番を返上するかどうかという、方向違いな悩みを抱えていました。


光の見えてきた部分と、まるで解決の見えてこない部分。
梅雨の不安定な気候の如く、両者が混在する時期でした。





※念のため、一言。
Nは見掛け上数学が解ける様になっただけで、総合的な数学力がついた訳では全くありません。野球で例えるならとりあえずバッティングは出来る様になったけど、守備は無視しているのでさっぱりという事と同じです。
3年の受験勉強に入った後に、他の分野と比べて数Iの出来が悪い事に気が付きます。

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