フェルメールの実物を始めてみたのは30年も前、ウィーンの美術史美術館でした。3階の回廊の一部に『画家のアトリエ』という作品が展示され、女性の画家がそれを模写していました。沢山のブリューゲルの作品に圧倒された後だったのですが、フェルメールの青とその静謐な空間は今でもはっきりと蘇ってきます。
ルーブル美術館に足繁く通っていたころ、多くの絵が修復されていることが分かりました。中世の作品は傷みや変色が激しく、修復が必要なことは理解できます。しかし、昨日描いたかのような鮮やかな青に修復されたプーサンの絵は大変違和感があるものでした。
世界の多くの文化では400年前のものが今も同じようにここにあることに価値があります。一方、日本では400年前のものがそのままあるのではなく、400年の歳月の経過の結果として今ここにあることに価値があります。東大寺南大門は建立当時、鮮やかな朱色に塗られていたそうです。それが歳月の中で色あせ、深みを増していく、そうした美意識がこの国にはあります。時間の中で熟成していくのです。だれも建立当時の色に塗れという人はいないでしょう。
さて、修復されたフェルメールですが、それはそれで良いものであることは間違いのない出来栄えでした。
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