2015年2月8日日曜日

志願倍率発表

公立高校志願倍率が発表されました。http://www.pref.kanagawa.jp/prs/p876579.html

周辺の高校は以下の通りです。順に学校名、募集定員、志願者数、倍率。

県立茅ケ崎 357 464 1.30
県立 茅ケ崎北陵 278 356 1.28
県立 鶴嶺 382 436 1.14
県立 茅ケ崎西浜 398 418 1.05
県立 寒川 358 372 1.04
県立 平塚江南 318 395 1.24
県立 高浜 198 219 1.11
県立 大磯 278 324 1.17
県立 二宮 238 283 1.19
県立 秦野 358 431 1.20
県立 秦野曽屋 278 306 1.10
県立 伊勢原 238 287 1.21

感覚的ですが県内の特色検査を実施する上位校の倍率が高くなっているように思います。特色検査も3年目となり、受検の安心感が出たのかもしれません。ライン等の利用の為か、志願変更によって倍率が上手く調整されているようにも感じます。

2015年2月6日金曜日

トマ・ビケティと司馬遼太郎

トマ・ピケティの大著「21世紀の資本」という経済書が日本を含む全世界で人気となっています。

誤解を恐れず内容を換言すると「この200年、資本・資産を持っている人の利益の伸びは、賃金労働をしていう人の利益の伸びよりずっと大きい。その結果、持つ人と持たない人の格差はますます開いている」ということのようです。彼はそれを大量のデータで証明して見せます。

資本主義社会が発達すれば、格差は縮まると言っていた今までの経済学とは別の結論です。ことに日本のように人口減少が予見されている社会では親の富が少数の次の世代へと引き継がれ、格差は急速に開いていくのではないかとも言っています。

働いても働いても豊かにならない多くの人と、あまり働かないで豊かな少数の人がこの国を構成することになるのでしょうか?

作家、司馬遼太郎がどこかで「土地の私有を止めるべきだ。もしそうなれば喜んで私の土地を国に差し出す」と書いていたのを読んだことがあります。多分、30年以上前です。彼の慧眼はここでも深層を穿っています。

2015年2月4日水曜日

雑草のように・・・生きるとは

雑草の研究者・稲垣静岡大教授の新聞コラムはとても面白いものでした。そのうちの幾つか。

1.雑草は森や野原など他の植物と競争して育つほど強い植物ではない。だから、他の植物が生えないところに生える。

2.「雑草は踏まれても踏まれても、起き上がる」と言われるが実は起き上がらない。踏まれたままの形で花を咲かせ、種を作る。

3.雑草の定義は「望まれないところに生える植物である」

4.思想家エマソンによれば「雑草とはいまだ見出されない価値を持つ植物である」

これを読んでから、雑草がずっと好きになりました。

2015年2月1日日曜日

合掌

30年も前、パリにいた頃、ソルボンヌ大学の学生がバスを仕立ててパリからインドのニューデリーまで行くという壮大なツアーを計画しているのを知りました。

問題はトルコから先で、イラク・アフガンの国境を越せなかったら、またパリまで帰ってくるというものでした。

一瞬、気を引かれたのですが、結局参加しませんでした。あまりに危険だと思ったからです。半年後、パリ・・・モスクワ・・・・ニューデリーというルートでインドに入りました。危険なためか、中東上空を飛ぶ飛行機も少なかったように思います、厳冬のロシア(当時ソ連)から熱波のインドという奇妙な旅でした。

その頃から、或る意味で何も変わっていませんでした。

亡くなられた二人の日本人のご冥福を祈りたいと思います。合掌。

2015年1月22日木曜日

おぼろけなり

高校生との会話

「今、一日にひとつの古語を使いまくって話すのが流行ってます」
「へえー、そうやって古語を覚えるの?良いことだね」
「はい、今日は『おぼろけなり』です」
「えっ?おぼろげなりって現代語でしょ」
「そんなー、古語ですよ」
「おれは、普段使ってるけど」
「えー。いつの人ですか?」

そういえば、歴史の教科書の現代史の部分は自分の人生と重複する部分がどんどん増えてきた。オイルショックも沖縄返還も歴史ではなく、実体験だ。東京オリンピックの記憶だっておぼろげなり。そのうち、殆んどが歴史になって、そうして、化石になっていくのか・・・

悲しいから泣くのではなく泣くから悲しい

或る大手塾のキャッチコピー 『やる気スイッチ・・・』
そのスイッチを捜し続け、ついに勉強をしなかった沢山の人。

やはり 或る大手塾のキャッチコピー『やればできる人・・・』
”やればできるのにもったいない”と言われ続け、やがて”できないやつ”になってしまう人。

心理学者ジェームズの『悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい』という言を自由に援用すれば『やる気があるから勉強するのではなく、勉強するからやる気が出る』というべきでしょう。

公立高校受験日まで一月をきり、さすがに皆気合が入ってきました。或る受験生の家での様子をそれとなく高校生の兄に確認してみると『恐ろしいほど勉強していますよ』とのこと。いやなときも、体調の悪いときも怠らずにやってきたから、ここでスイッチが入ったのでしょう。それもターボチャージのやつです。

2015年1月16日金曜日

センター試験雑感1

今週末にセンター試験です。

センターで真っ先に気になるのは当日の天候です。関東でもこの日に雪が降るのは珍しくありません。誰の足跡も付いていない雪の道を踏みしめて会場に向かう。悪いものではありません。交通機関の乱れがなければですが。

さて、今年はセンターの国語の問題を幾つかといてみました。専門外だからというエクスキューズをしておきますが、全問正解というわけにはいきませんでした。どうしても、疑問の残る問題がありました。

様々な解説書を読むと、いっそう気分が悪くなってきます。そこで展開されている読解は文章を読む王道から全く離れたテクニカルな読解が中心だからです。『眼光紙背に徹す』とか『行間を読む』といったものは最早死語です。深く読みことは禁じ手で如何に、『表層の意味のみをつかむか』『記号論理的に選択肢を選ぶか』といった薄っぺらな能力を競うものばかりです。これでは、本当の読書好きは国語からどんどん遠ざかっていきます。

小林秀雄は『読みの達人でした』。『如何に独特に読むか』そこに、彼の才能が輝いていました。今のセンターは『如何に浅く、言葉の一義的側面のみを捉えるか』に終始しています。彼がセンターを受けたら、たぶん結果は散々でしょう。マークシートで処理できる客観的解答のためにこうなっているのなら、そんな試験はやらないほうがましです。

現小6からセンターが廃止され新しい試験となりますが、この点に関してはあまり期待できそうにありません。

ともあれ、明日初日です。みんながんばれ!!